August 31, 2008

トイレのないマンション

前回も触れましたが、最近、興味があって勉強している青森県六ヶ所村の核燃料再処理施設のことを備忘録代わりに記しておこうと思います。僕、書いて覚える方だから。 興味ある人だけ読んでみてください。ある意味おもしろい話だから。

※下記はいくつかの参考資料をもとにまとめたものです。しかしなんつっても勉強しながらの話なんで、随時修正・変更を加えていきますのであしからず。

原子力発電
まず日本では現在55基の原子力発電所、いわゆる原発があります。原子力発電はウランを燃やすことで電気を作ります。その際、使用済み核燃料というものが発生します。
高速増殖炉
使用済み核燃料は再処理を行うことでプルトニウムを取り出すことができます。日本では使用済み核燃料を全て再処理して資源として再利用するという政策をとっています。その中心には、資源として取り出したプルトニウムを高速増殖炉という炉で燃やすことで電気を作る計画『高速増殖炉計画』があったようです。

しかし日本と同じように高速増殖炉計画を夢見た世界の国々は度重なる事故とコストの折り合いがつかずに計画を中止。日本でも、福井県敦賀市の高速増殖炉『もんじゅ』の事故により計画はストップしたままです。
トイレのないマンション
しかしそれでも日本で原子力発電は続けられ、そこから発生してしまう使用済み核燃料の再処理を海外に委託してきました。ちなみに海外で再処理した際に取り出されてしまうプルトニウムや放射性廃棄物はいずれ日本に戻ってくる契約になっています。

使用済み核燃料は、再処理しなくても『中間貯蔵』や『直接処分』といった(あくまでまだマシな)別の方法もあるのですが、原発を開発・運用する際、原発のある地元には「原発から出た使用済み核燃料は全て他の場所に運び出す」という約束をしているのでどこかへ運び出さなければなりません。中間貯蔵や直接処分はそれに該当しない方法です。

「トイレのないマンション」と例えられた日本の原子力発電事業の姿が見えてきます。
六ヶ所村の核燃料再処理施設
こうして国内で発生した使用済み核燃料の再処理をずっと海外に委託してきたわけですが、そんなときもずっと日本では原子力発電が行われ、使用済み核燃料は常に発生し続けています。

そこで日本は国内の使用済み核燃料の再処理施設として青森県六ヶ所村を位置づけました。しかしこれは「使用済み核燃料を全て再処理し資源として再利用する」という政策に則ったというよりは、地元に置いておけない行き場のない使用済み核燃料を六ヶ所にとりあえず集めてしまおうという、なし崩し的にとった決断のように思えます。

そうやって六ヶ所の核燃料再処理施設に使用済み核燃料を集めたからにはそこに留めておくことはできません。国内の原発ではどんどん原子力発電は行われ、使用済み核燃料は発生し、六ヶ所村に集められて来るのです。こうなると再処理を進めていくしかありません。
ちなみに再処理の過程では、放射能を持った物質を大気中や海に流していきます。
イギリスのセラフィールドにある再処理施設の近海では、その地域に住む子供たちの白血病発生率は国内の他の地域に比べ5〜10倍という調査結果も出ています。
また再処理され、プルトニウムと一緒に発生した高レベル放射性廃棄物は、今のところ地層処分という方法をとるとされています。地層処分とは、放射能の影響が緩和される数100万年の間、地下300メートル(1000メートルとも言われている)に埋めておくという処分法です。数100万年という想像もつかない長い間この土地の人々は、常に足下に埋まっている放射能の恐怖に怯えて暮らすのです。
プルトニウムの負の側面
六ヶ所村の核燃料再処理施設で仕方なく進められる再処理では、当然プルトニウムが取り出されます。
ここまでの流れではプルトニウムの「資源」としての側面しか見えませんでしたが、プルトニウムは長崎型原爆に使われた「核兵器物質」という負の側面を持ちます。日本は国際社会に対して核兵器物質であるプルトニウムの余剰を持たない旨の約束をしています。
プルサーマル
しかし、余剰プルトニウムを持たない約束はどこへやら、六ヶ所村で再処理が本格稼働すればどんどんプルトニウムは取り出されますし、海外に依頼していた再処理により取り出されたプルトニウムもいずれ戻ってきます。

そこでなんとかプルトニウムを消費するために『プルサーマル』というものが登場します。プルサーマル計画とは、プルトニウムとウランを混合した燃料「MOX」を原発で焼却処分することで、プルトニウムを消費しようという計画です。
しかし、プルサーマル計画には問題がたくさんあります。
まずプルサーマル計画はコストパフォーマンスがよくありません。混合するウランも自然資源なので限りがあり、このまま使い続ければあと64年でなくなるとも言われています(H12調べ)。
次に技術的問題。プルサーマルはふつうの原発でプルトニウムやウランを使った燃料の焼却処分を行うため、技術的な危険性が指摘されており、地元住民らの反対もあってまだ国内では実施されていません。
そしてなにより、プルサーマルを実施したとしても消費できるプルトニウムはそれほど多くなく、とても国内で発生しつづけるプルトニウムと海外から戻ってくる予定のプルトニウムを消費できないと言われています。

まだプルトニウムの行き場は見つかりません。溜まる一方です。
世界の国々では使用済み核燃料を再処理せず直接処分する政策に転換しています。世界で唯一日本だけが使用済み核燃料の全量再利用の政策をとっているのです。世界で唯一原爆が落とされ、世界で一番放射能の恐ろしさを知っているはずの日本だけが。憲法9条や非核保有国って......。
現在
結局、高速増殖炉もプルサーマルもダメ。そんな状況でアクティブ試験中の核燃料再処理施設が本格稼働し始めればプルトニウムはどんどん溜まっていきます。
なぜ?
こんな状況、なぜ止められないんでしょう?
核燃料再処理施設や原発のことをネットで検索していると、あの桜井よしこさんのブログに行き着きました。僕が読んだのは3〜4年ほど前に書かれた六ヶ所村の核燃料再処理施設の記事だったのですが、この「なぜ止められないんでしょう?」の一つの答えを書いておられるなと思ったので少し言葉をお借りします。そこには「日本は立ち止まることや政策の変更をしない。一度決めたことから生じる既得権益やつまらないしがらみを振り切る政治的決断ができないのだ。」というようなことが。その後にいろいろと詳しい事情を書いておられましたが、やっぱり国や電力会社の既得権益へのしがみつきが政策の見直しが行われない大きな理由のようです。

またこれが難しい話で、国や電力会社が介入した六ヶ所村は、もう核燃料再処理施設や関連施設の生む雇用なくして存続できない状態になっているのが現実です。
核燃料再処理施設の計画が持ち上がったとき、村民の多くは反対しました。しかし、その反対に伴い土地の値段ははね上がり、雇用機会が決して多くない村の人たちはいろいろな考えの末、土地を手放すことを選択します。それはもともと農家や酪農をやっていた人にとっては同時に職を失うことでもあります。もう核燃料再処理施設や関連施設で働くしか道はありません。
そうやって国や電力会社が村の暮らしに介入していくことで、そこに住む人を賛成派と反対派に分断し、代々受け継いできた土地を奪うことで、自分たちと先祖との大切な繋がりをも分断してしまいました。

だから、一概に僕たちが「反対!」なんて言える問題ではないのです。

だって......電気を使っているのは僕らだからです。ガンガンに。しかも僕の住む関西は原発依存度が日本一高い地域です。
映画『六ヶ所村ラプソディー』の中で、核燃料再処理施設を運営する日本原燃に勤めておられる村の方が言っていました。「原発を止めろ止めろって、都会に住むあんたらが電気を使ってんじゃないのか?」と。本当にそうです。

じゃあ、僕らは電気を使うなって言うのか。クーラーも使うなって?音楽を聴くなって?テレビを見るなって?
僕はそういうことじゃないと思います。
これは世界が抱える環境問題や飢餓問題など全てにおいて言えることだと思うのですが、まずはどんなことが起こっているのかを知ることが大事だと思います。もし仮にでも、僕が備忘までに書いたこの乱文をここまで読んで頂けたのなら、読む前よりは少しだけでも六ヶ所や原発やエネルギーについて考えて頂けるんじゃないでしょうか。僕がそうだったように、クーラーの設定温度を一度上げたり、見ないテレビを消したりするように、以前よりは自然にできるようになるんじゃないでしょうか。以前よりエネルギーについて考え、地球の資源に感謝できるんじゃないでしょうか。
現実を知った上での、節約や感謝の気持ち。みんなにそんな小さなレベルでもいいから変化が起きれば、それはすごく大きな変化になるんじゃないかと思います。まずは知って、考えて(判断・感謝)、動く。
原子力に頼らない社会
そんな生温い、精神論みたいなことが通じる現状なのか。いえ、現実はやっぱり厳しいようです。もう日本は原発に頼らなければ今この国で日常的に消費されている電気を賄うことはできないようです。

だけど、だけどできることはあります。人間には原子力発電を発明できるほどの知恵があります。当然他のエネルギー技術だってたくさんあるのです。地球環境をなるべく傷つけない、地球資源をなるべく使わないで電気を作る技術も日々研究されています。代表的なもので言えば太陽光発電やバイオマスエネルギーでしょうか。

そして僕たちが考えてそれを選べばいいんです。自分一人でできそうにない規模の話なら、そういったコミュニティを作ったり、コミットして一緒に動く。それでも実現できそうにないものなら、そういう政策を掲げる政治家を選んで働きかける。自分が政治家になったっていい。
既得権益を守ろうとそこを動こうとしないやつらはいるけど、まずは自分から変わっていくことが着実な一歩だと思います。

とりあえず目指すべきは、原子力に頼らない社会。
参考資料
広告批評 NO.313 エコ・クリエイターパワー』マドラ出版
わたしにつながるいのちのために』冨田貴史
櫻井『よしこブログ  「電力会社と政府のご都合主義 捨てて思いとどまるべき 核燃料再処理施設の稼働計画」』
Posted On: 5:19 AM

▲Pagetop

TrackBack URL for this entry :

http://www.teenagepunklove.com/myroomismyworld/mt-tb.cgi/175

Comments :

Posted by tweedle

初めまして。
たいへんよくまとまっておりますが、反対派側の資料や書籍だけを参考に、一方向からの情報のみの内容になっているような印象を受けました。
ご自分でもお調べになられたそうですが、なぜか情報が古いですね。
例えば「もんじゅ」は、遅れてはおりますが来年には再開の見込みですし、「世界の国々では使用済み核燃料を再処理せず直接処分する政策に転換」も随分前の話しで、最近の潮流は逆向きです。
リンクされた櫻井よしこさんの記事も「もんじゅ」の目処が立たなかった頃で、世界中が次世代の新型原子炉の開発を諦めたのならばこのご主張は全く正しいと思いますが、現在の情勢はそうではありません。
そのあたりをお調べになられてはいかがでしょうか。

10:35 AM*September 1, 2008

Posted by kozzy

tweedleさん

ありがとうございます。ご指摘の“反対側からの……”という点は調べていく中で僕自身危惧していた点です。どうしても僕の性格的に反対側に共鳴してしまうようなトピックなので、そういった答えばかりを求める調べ方になってしまいます。また、あまりこれらに関する報道を目にすることなく、反対側の発信する情報の方が見つけやすかったのも事実でした。
僕はまだ再処理施設や原発の是非はわかりませんし、なるべくフラットな立場から発せられる情報が得られれば、考える材料になるんじゃないかと思います。そしてそれがマスメディア以外の場所から発信されるとよりいっそう考える材料として信頼度が増します。実際、今回教えて頂いたもんじゅの動向や世界情勢が僕の知るものから変化しているという情報は新鮮だったので、再考する材料として興味深いものとなりました。
もし、誰も放射能の恐怖に怯えて暮らすことがなく、軍事利用される心配もないような最新型の“トイレ”が開発されるのであれば、原子力は選択肢に十分なり得るものだと思います。今の僕の知っている情報の中だけじゃ、まだ「トイレのないマンション」の感は強く、そういう意味では“原子力に頼らない社会”というのは目指すべきところだと思っています。
今回頂いた情報をもとにして、反対派以外の発信する情報も集めてみようと思います。ありがとうございました。

12:40 PM*September 1, 2008